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この最初のTAIJIさんと会う予定では3日間を予定していた。

東京に長く住んでいた為知り合いは沢山いて、今回は1人の友人宅に泊まらせてもらっていたのだが、初日にその友人宅に戻った自分は今回の出会いの衝撃さを語ったのだった。

でも彼はロックにあまり詳しくなく、Xという名前を知ってるだけで「おーそれは凄いね」と軽く返すぐらいで。。この緊張した瞬間、というかありえない展開をどう説明しても分かってくれない、いやそれ以前にわかるはずはない(笑)
音楽仲間も沢山いたのだけど、流石にまだどうなるか分からない状況で伝える事が出来ない。

そんな中帰宅した夜TAIJIさんから電話がかかってきて「DAI君の歌声聴きたいから明日の夕方カラオケ行こう、Voiceless歌ってよ」と。。冷静にわかりましたと応えた自分は電話を終えた後、どうしよう? ×10 と頭の中はそればっかだった(笑)何故なら送ったCDは2ヶ月ぐらいかけて全体で録って良いとこ取りした音源だったから、絶対に上手く1発で歌えることは出来ないからだ。練習しようにもその日が明日なので時間もない。
しかもよく考えたらXのメンバーの前でXの曲を歌う事などこの人生で想定してない。

まともに寝付けぬまま次の日を迎えた。

昼間はこの先どうなるか分からないのに気持ちが既に東京にあるせいか不動産会社を回って物件を探していた。やっぱり東京は家賃が高い。
と、これから起こる出来事の緊張を不動産で紛らわせていたかもしれない(笑)

夕方待ち合わせの前に現れたのはまたも初日と同じような姿のTAIJIさん。余計に緊張が増す。。。
2人でカラオケボックスに入ると「とりあえずVoiceleess歌ってよ。原曲キーでね。喉の調子は良い?」と微笑みながらでTAIJIさんは言ったのだった。「大丈夫です」と冷静に笑って応えたのはいいのだが、その反面自分の鼓動がありえなく暴れ狂っている(笑)

たぶんこの時は今まで経験したライブでの気合い以上にこの1曲に力を注いだかもしれない。やはり自分にはXはキーが高すぎると実感するが、歌い終えるとTAIJIさんは「良いねぇ。んじゃ次Forever Love行こうか」と。。。。1曲じゃないんですか~~~~?!!!と心で叫ぶ(笑)

TAIJIさんは歌い終えるとすぐ次をリクエストしたのだった。
結局X以外にメタリカやオジーなどの洋楽もリクエストされてもうライブワンマン終えたぐらいに声がガラガラで、後半はまともに声が出てない。おなかが筋肉痛になる感じで痛かった(笑)でもこの時の出来事は凄い自分にとって貴重で、生涯忘れる事はないものとなっている。

その後TAIJIさんの家に向かい、その夜はカラオケの事と送ったCD同封の手紙について色々聞かれたのだった。

「結構色々な曲歌えるんだね。そういえばあのCD他に誰に送ったの?」
自分は正直にYoshikiさんとTAIJIさんに送ったと伝える。
「Yoshikiからは連絡きた?」と続けて質問される。

実際別に進展する内容ではなかったのだけど、TAIJIさんから連絡もらった1週間後ぐらいにロスのYoshikiさんのマネージャーさんらしき方からメールを頂いていたのでそれも正直に話した。

「でも思い切った行動したよね。あのCDにはびっくりするよ。これからバンドを作りたいと思うんだけど、色々なジャンルの曲歌えそうだしボーカルやってくれない?」とTAIJIさんが言った時、初めて自分の行動は間違いではなかったと実感した。




つづく。。。























2006年1月。

寒さが増してきた本当に真冬の季節だった。
新幹線のチケットと小さなバッグを持って再び東京へ向かった。

ついにTAIJIさんとの対面する日がやってきたのだった。
それほど緊張などする方ではないのだが、流石この時だけは落ち着きが無い。それもそのはず、事前にTAIJIさんに「新幹線のチケットの座席を教えてくれ」と、そして「ホームまで迎えに行くから」と連絡を受けていたからだ。

ちょうどその頃音風のホームページでも発表されていたのだけど、TAIJIさんはじん帯を負傷していて歩ける状態ではないと聞かされていた。だからこちらから家まで伺いますと伝えたけど「大丈夫だから」と笑って答えてくれたのだった。

東京までの道のり、色々な事を想像していた。TAIJIさんとはどんな人物なのだろう?どんな生活をしているのだろう?


名古屋から東京まで「のぞみ」で1時間50分ぐらい。あっという間にその時間は過ぎて気付けば東京駅まで来ていた。車両のドアからでるとそこには松葉杖を持った自分が知るXのTAIJIが立っていた。革ジャンにウエスタンハット、そしてサングラス。

第一声は「初めましてTAIJIです。DAI君背高いなぁ」だった。
唯一残してあったハイヒールのブーツで来た為、普段より背が高くなっていたからだと思う。CDと同封で昔のアーティスト写真も送っていたのですぐ自分だと分かったみたい。
自分はというと感動のあまり声が出なく、挨拶と同時にTAJIさんにハグしていた(笑)

その後タクシーに乗りTAIJIさんの自宅まで向かったのだった。
自宅に到着したのが夜だったため、その日は3時間ぐらい話をしたと思う。でもその3時間で分かった事がある。生活の中に音楽、楽器が同居している事だった。自分と話す時TAIJIさんは常にギターを持って会話し、ギターを放した時は音楽を流す。

後々「ロックは成る物ではなく在る物」と聞かされるのだが正にこの事なんだと思った。

その時の会話というとこれまた緊張していたせいでもあり、正直明確に覚えてないのだけど、何でも聞いてくれと言われたせいで身も蓋も無い事を聞いていた思う。今思えば恥ずかしいのだが、まだ1ファンが憧れの本人に会えたという感覚しか無かったのだと思う。

この日は電車が無くなる前に別れ、また明日おいでと言葉をかけられてTAIJI家を後にしたのだった。


つづく。。








全然TAIJIさんの事件について話すことが出来なくてごめんなさい。

コメントに泰司さんのお墓は行きましたか?
とあったけど、この事件は未だ不可解な点が多く真相が分からない限り俺はお墓へ行くつもりはないです。

こんな状況なのでファンの人達と皆でお別れする場も設ける事が出来ず、意味不明な行動を繰り返したサイパン側の関係者、そしてこちらの話を聞き入れずだんまりだったTAIJIさんの親族には憤りを感じます。

もっとファンの事を考えてくれれば良かったんだけど、それが出来なくなった今真実を裁く場所で明らかになればいいと思う。

近いうちにこのブログで可能な限り俺の知ってる事を書こうと思う。





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