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THE KILLING RED ADDICTION。
メンバー聞いたとき凄いバンドだと思った。 TOMMYさん中心として結成されたバンドで、自分が音楽やるきっかけとなるジャンルを作った方の集まりである。 自分がTAIJIさんとよく行動を共にしていた事もあり、何度かリハーサルにも顔出させてもらったのだけど、名声を挙げた4人方々の独特な個性の集結は到底言葉に出来ないほど凄いものであった。しかも初ライブは日本ではなく海外ということで、普通のバンドとは一線を画する鮮烈な始まりだった。 TAIJIさんもTOMMYさん、TATSUさん、KENZIさん達と行動をしてる時は凄く楽しそうで、時が経っても昔の仲間と懐かしい話ができ、そして同じステージに立つというのは素晴らしい事だな思った。 このバンドを見させて貰ったのは自分にとっても貴重な時間だったと思う。 あと、ちょうどこの頃2009年5月の再始動したX JAPANのライブにTAIJIさんは足を運んでいるのだけど、これも確かTOMMYさんの計らいだったと思う。。 PR
2008年11月TAIJIさんはベースクリニックと題し愛知県のロッキン豊田店でファントークイベントを行っている。スタッフとして同行との事だったけど、地元ということもあり自分は1日前から一足先に帰郷していて、イベント当日現地会場で待ち合わせるという感じだった。
ちなみにこの豊田とはTOYOTA自動車本社や自動車関連工場などが沢山点在する有名な工業地帯である。(でも結構田舎である 笑) だから始めてこの地へ電車で向かったのだけど、最寄り駅の電車の本数が1時間に2、3本しかなくて辺りは同じような田んぼや畑の風景で。。。こんなところに楽器屋さんなんかあるのかと不安を抱えて1人向かっていた記憶がある。 でもロッキン豊田店はその地にあったのだった。しかもホールが隣接されている為お店がデカい。広い駐車場があるのを見ると、やはりあまり電車で訪れる人はいないのだろうと納得する。集合時間1時間ぐらい前に着いたのだけど、店内は物静かでまだ店員さんいもイベントが行われるという騒々しさはない。 TAIJIさんスタッフで来たという旨を伝えて控え室で待っていたのだが、集合時間になってもTAIJIさんは来ず、店員さんたちが騒々しくなってきた。 開演まで3時間を切った時自分の携帯にTAIJIさんから電話があり「今新幹線が名古屋に着いたからもうすぐ行けると伝えて」と伝言があった。店員さん達が一瞬安堵の表情を浮かべたのだが、良く考えたら名古屋からこの豊田まで車でも1時間ぐらいかかるのでは?と更に店員さんたちの騒々しさが増したのだった(笑) 元々この日のイベントはトーク主体でイベント前からTAIJIさんは楽器は軽く触る程度でとお店側に伝えてあったらしい。でもお店側は何か演奏して貰えれば嬉しいとの希望もあってかホールステージにはそれなりのセッティングが施されていた。 自分は店員さん達に「TAIJIさんの機嫌がよければ色々やってくれると思いますよ」と気分屋のTAIJIさんの性格を伝えていた。 そんな中自分が会場を下見しているとTAIJIさんが無事到着した。 即座にミーティングが始まり軽くステージの音だしチェック、時間が少なかった為かなり時間を削ったリハーサルだったけど一通りの流れを把握する事ができた。 時間に追われてたけどTAIJIさんはとても気分良く今日のイベントを迎えてる感じを受けた。 そんな中、開演30分前。 突然TAIJIさんが「お前もステージ上がって歌えよ。ドラムはお客さんの中に誰か1人はいるだろ。3ピースセッションで」と突拍子もない、ありえない発言を笑いながらぬかす(笑) お店の人は是非是非と進めるのだが、こっちとしては今まで生きてきた中でリハーサルもやらず、かつ演奏曲も決まってないぶっつけアドリブ本番などやった試しがない。。しかもドラムはお客さんにいるだろうという愉快的な発想。 でもそれがTAIJIさんらしくて面白かったので、ベースフレーズにあわせてアドリブで敢行する事に。ファンの人とのトークやベースフレーズなどのイベントが流れていく中、最後にセッションライブという名目で追加された場面で自分はステージに上がる。 TAIJIさんはお客さんに向かって「この中にドラムやってる人いるかい?」と問いただす。すると見事に1人男性ドラマーが手を上げる(笑)「んじゃドラム叩いて」と彼をステージにあげる。セッションメンバーの完成である。 これは本当に前もって決めていたのではなく30分前に決まった流れだった。 ベースフレーズから始まりそれぞれ目で合図しドラムが重なりセッションが始まる。 そして自分も応戦するのだが即席なので別に完成された歌詞は無く、その場のフィーリングでメロディを付けて浮かんだ確か英語のような言葉を発していたと思う。 まぁ来ていた人はどんな感じかわかるかもだけど、でもお客さんにも立ってもらって手拍子とかせかしていた記憶がある。 時間にして10分ぐらいだろうか、自分の中では1時間ぐらいやった感覚だったけど。。無難に終わったようで一気に力が抜けた感じだった。 でもこの展開は絶対に今後やめてくださいとTAIJIさんに言ったのは言うまでもない。 つづく。。。
TAIJIさん率いるDTRが活動を中止してしまった一方、以前から話があり活動していたD.Tommyさん監督「ATTITUDE」の映画出演やそれの音楽監督の活動が中心になってく事となる。
その撮影に幾度か自分は同行させてもらったのだけど、その中でTAIJIさんはXの元メンバーであるPATAさんとも共演している。TAIJIさんはアコースティックギターを持参し、何年ぶりかに再会したPATAさんと撮影前に弾きながら2人談笑していた。PATAさんは「相変わらずギターも上手いな」とTAIJIさんに言っていた記憶がある。 日本のロック界、ヴィジュアル界を風靡した方たちの出演で後の「The Killing Red Addiction」が必然的に誕生したのではないかと思う。 撮影が終了してからTAIJIさんはプロレスラー大仁田厚さんのテーマソングやその他楽曲提供の活動に移っていくのだけど、自分はこの頃になりTAIJIさんの元を離れていたので詳しくは分からないのである。理由はなんだかはっきり覚えていないのだけど、多分TAIJIさんが何か自分に対して暴言でも放ったのではないかと思う(笑) 少し距離を置こうと確か3~4ヶ月連絡取らなかったと思う。 その後TAIJIさんから連絡がありまた普通に戻るんだけど、その頃には自分もTAIJIさんの性格が分かっているので、あえてお互いストレートに言いたい事は言える仲になっていた感じがする。 時が進み2008年11月にTAIJIさんはベースクリニックと題し愛知県のロッキン豊田店のライブホールでイベントを行うこととなる。実家が名古屋の自分は帰郷も兼ねてスタッフとして同行することになるが、イベント当日どんな流れでそうなったか良く分からないのだけど、何故か自分が一緒にステージにあがる事になる(笑) つづく。。。 |
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