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現在の正式な報道ではTAIJIさんは自殺とされているけど、TAIJIさんが人工呼吸器をはずされる前の状態は日本人から見れば不可解な事が多かったみたいで、それを見た人は少なからず疑問を抱いていた。
結局、TAIJIさんが収容されていた留置場も見せてもらえず、医師の言うがままに事は運ばれたみたいである。
ただ手錠ならる足錠なるものが足に付けられたままベットに寝かせられていたみたいで、それを聞いてなんか残酷に感じた。


TAIJIさんが亡くなった後の事についてだけど、当初火葬されるまでの正確な情報は一切聞かされてなく、後に色々分かってきた感じであった。
ただ親族の方々の対応の変化が著しく変化していったのは確かで、日本側の関係者に対して否定的な態度を取る様になっていく。

これはTAIJIさんが亡くなった後サイパンで親族の方々と北見さんとの話し合いが行われた後から始まっている。そこにはTAIJIさんの婚約者である赤塚さんは同席させてもらっていないのである。
何が話されたのか全く分からないが、その後何故か赤塚さんの存在を良く思わない感じが見受けられたのだった。

TAIJIさんが日本に運ばれる前、こちらが親族の方々に日本に戻ったら検視をするように勧めても「検視はしない」と。これから先の流れも「教えられない」と。一切日本側に情報は流さない感じで、TAIJIさんの親族とサイパン側の人物で物事が進められている様だった。
でもまだ自分はその時点で親族の方々はいずれ日本側の話を聞いてくれるだろうと信じていたので状況が変わるのを待っていたのだった。

しかし時間が経っても状況の変化は現れなく、ただ「もう静かに終わらせてください」と、日本側に干渉されたくない様子であった。

そしてその後発表された実妹MASAYOさんの自筆の文章。正直絶句してしまった。この状況に耐え切れなくなった自分はある方に連絡先を聞き、TAIJIさんの実妹であるMASAYOさんに「一度お話がしたいです」と直接メールを送っている。しかし連絡はなく、むしろその連絡先を自分に教えてくれた方がMASAYOさんに激怒されてしまう始末となっている。そこまでしてこちらを拒否する意味が自分には全然分からなかった。

確かに色々話を聞くとTAIJIさんと親族の方々の間には多くの苦労もあり、自分たちには決して分からない様々な事情があるのは分かっていた。だから親族の方々の意思は尊重したいし、静かに終わらせるならそれで仕方ないと思っていた。

しかし、もしも真実でない事を聞かされてそれをそのまま受け止めてしまい終わりにする事になるなら、自分は納得できなかったのである。
だから一度でいいから話がしたかった。


でもその後耳を疑いたくなる様な言葉を耳にする事になる。
火葬された後ぐらいであろうか、TAIJIさんの母親が赤塚さんに「TAIJIの事は好きではないのよ」と話した言葉だった。もしそれが真意なら、日本側の関係者に全てを委ねて欲しかった。もしもしょうがなく事を進めてるのであればこちらの言うことも少しは聞いて欲しかった。必ずTAIJIさんを慕うファンの人、音楽関係者、みんなで送ってあげれたと思うから。


雑誌や先にも書いたけど別にTAIJIさんと距離を置いたのは疎遠になるためではない。サイパンでの活動が始まってからTAIJIさんの音楽に対する
姿勢や言動に疑問を持つようになったからで、それは間違いだと思ったから離れたのである。TAIJIさんの性格は分かっているので、そのうちまた日本に帰ってくるだろうと思っていた。だからヘヴンス解散発表もせず、脱退表明もせずまた時が来たら一緒にやりたいと思っていた。

この文章を書いてる今も、TAIJIさんからの連絡が来る感じがしてしょうがないのである。


まだ色々な問題点が存在するんだけど、これが今自分の思う気持ちと書ける内容である。








TAIJIさん事件について自分が知っている事や思う事を出来る限り書いていこうと思う。

その前に事件が起こる数ヶ月前、TAIJIさんの異変が現れてから自分自身が辛くなってしまって、TAIJIさんと距離を置き始めてたのは事実でその事については本当に後悔している。もっと言うべき事を言ってこれから先の話し合いを持つべきだったと。
もしそれを行っていれば状況が変わっていたかもしれないし、少なくても最悪の結果は防げたかもしれなかった。力足らずで本当に申し訳ないです。

まず始めにTAIJIさんが自殺だったのか事件性のある死だったのかは正直今もわからない。
でも今回の事件に至るまでの事を語った雑誌でのShuさんとの対談は紛れも無い事実で、未だにやるせなく悔しい。

今、事件当時の事を振り返ってやはり一番憤りを感じるのは、サイパン側のマネージャー北見さんが何故しっかりとした状況報告を責任持って日本の関係者にしなかったのか。どう考えても非常識と思われる行動が今回の事件の闇の発端に思えてしょうがない。

そもそもサイパンでの活動が始まってからしばらくするとTAIJIさんと北見さんは上手く行ってなく、北見さんの代わりとなる新たなマネージャー候補が挙がっていた。だからこういう状況で事件後の報告がしにくかったのかもしれないし、非難の矛先が自分に来るのではと恐れたのかもしれないけど、そこは責任持った行動をするべきだったと自分は思う。

北見さんは一般人ではない。自分らの前ではっきり「これから赤塚さんに代わりマネージャーを務めさせてもらう」と言ったのだから。

ちょうどヘヴンスが 2011年の3月韓国へ行く前のことであるが(結局そのライブは震災で中止)、まだ正式に赤塚さんから北見さんを紹介してもらう前、北見さんは「沢田泰司と行くサイパンツアー」なるものを計画してTAIJIさん側に話を持ちかけている。その内容は「泰司とバーベキューParty」なるものが含まれている。結局このツアーの話は断わる事になったみたいで、自分はこの事は事件後聞いたのだが、明らかにTAIJIさんの名前を使ってサイパンを紹介しようとする意図が感じられる。でもまだこの時TAIJIさん側は北見さんの親身さに期待していた部分があり、そこまで疑問符を抱く余地が無かったのは事実なのである。

確かに紹介して貰ってから自分に対してでも、初め凄く真摯な態度で接してくれたのでこの人なら色々動かしてくれるのかなと少なからず信頼してたのは確かだった。でも金銭面的なサポートしてくれるという神生さんと言う顧問会長の肩書き持つ人は自分の性格上受け付ける事は出来なかった。自分は超能力は勿論、風水や占いなんかも信じない人間だから。

その後、雑誌に書かれた通りに北見さんの言動や行動に変化があり、それらに対して疑問を抱く事になっていくのである。


次はTAIJIさんの親族について書いていこうと思う。

つづく
ライブが決まってから物凄い時間が経つのが早かった。
しかもライブはかれこれ東京を離れて以来になるので2年ぶりぐらいで、正直リハーサルは入ってたもののライブ感覚がいまいち分からない。

でも、その不安以上に普段緊張などしない方だったがやはりTAIJIさんと同じステージに立つ事からか、平常心でいられない。これがまさしくプレッシャーという物なのか。。

TAIJIさんはこのライブの時だいぶ足も動くようになっていて、本番リハーサルでもほとんど立って演奏できるようになっていた。書き忘れていたけど、この当時リハーサルで使用していたスタジオは最終ヘヴンスメンバーであるHALが勤めていたスタジオである。

でもTAIJIさんは自身の体の事より、自分の事を心配してくれて「気合い入れて乗り気りなよ」と励ましてくれるのだった。

横浜サウンドホール
幕が開くとお客さんも入ってるし広く感じた。1曲目2曲目とライブが進行していくのだが、ちゃんと歌えてるのか、自分はどんなMCしたか、どんな煽り方したか正直分からなかった。後にライブ映像見てすべてがうまく出来てなかったとういうのが自分の正直な感想なのだが。。。

TAIJIさんも久し振りのハードなステージでキツそうだったけど、さすが演奏もファンサービスも難なくこなしていた。この時、やっぱりこれこそ数々経験してきた人だなと感じたのだった。

ライブ最後の2曲はXのカバーだったので(TAIJIさんにとってはオリジナルになるが)余計に緊張度が増したのだけど、TAIJIさんが久し振りにXを演奏するという事でファンの人達も盛り上がってくれてむしろ自分が助けられ感じがした。

時間にして確か45分ぐらいのライブだったけど、知らぬ間に終わっていた感じで、無事終われたせいか我に返ると緊張は既にほぐれていた。
それほど自分にとっては今までの人生で最大のイベントだったのだと思う。

ライブ終了後TAIJIさんも「やっぱりロックは良いな」と疲れててるようだったけど笑顔で語っていたのを覚えてる。

あとこのライブではTAIJIさんがメンバー紹介でKey清水さんの事を「DTR清水」と紹介していてこの時まだ話は進んでいなかったのだけど、後にDTRの再始動をうかがわせる言葉を発している。

その事も後に書いていこうと思う。


つづく。。。
















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